『論語』と『ライフ・シフト』
正月届いた年賀状を括っていたら、遠い縁者からの文面に「今年80歳になります。孔子だったらなんというのでしょうか。」と、ありました。
「子曰、吾十有五而志于学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲、不踰矩」。
(子曰く、吾十有五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳順(したが)い、七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰(こ)えず。)
この『論語』の一節は、歩んできた人生、生き方をあらためて見直し、またこれからの人生を再構築するのに非常に参考になります。しかし、孔子は紀元前479年に74歳で亡くなったと伝えられていますので、残念ながら80歳については書かれていません。
最近のベストセラーに『ライフ・シフト』 という本がありますが、今や“人生100歳時代”であり、そう考えてくると孔子が生きた2500年前の時代は、戦乱による死亡を加味しなくても、人間の平均的な寿命はせいぜい40歳から50歳くらいだったでしょうから、当時の74歳は今ならば100歳以上の大長寿であったに違いありません。そうなると今日の80歳はさしずめ、60歳くらいに相当し、せいぜい「耳順」といったところではないでしょうか。
『ライフ・シフト』の中では、これからやってくる“寿命100年時代”に、これまでの「教育→仕事→引退」の3つの人生ステージの時代は終わり、これからは生涯を通して自発的にキャリアのステージを変えていく「マルチステージ人生」が提唱されています。
また、人生100年時代には、次の3つの新しいキャリアステージが発生してくるとも述べられています。
1.エクスプローラー(探検者)
2.インディペンデント・プロデューサー(独立生産者)
3.ポートフォリオ・ワーカー(異なる種類の活動を同時に行う者)
つまりこれからは社会に出てからも、時に旅に出たり、学び直しをしたり、あるいは組織に属さずに働く「独立生産者」となったりと、様々な変化を繰り返す生き方です。
孔子の生涯はまさに波乱にとんだものでした。官僚でもあり、政治家でもあり、哲学者でもあり、教育者でもありました。また56歳の時魯の国を追われ、69歳で戻るまで14年間に亘り曹、宋、鄭、陳、蔡、楚などの諸国を放浪したといわれます。そんな孔子の生き様こそ、まさに「マルチステージ人生」と呼ぶにふさわしいものであり、「エクスプローラー」の先駆者だったといえるのではないでしょうか。
長寿化に加えインターネットやAIの技術的進歩によって、これまで当たり前だった働き方では通用しない時代が到来し、社会の変化に柔軟に自分らしい生き方を模索していくことが求められるようになりました。
『論語』の一節に、「子曰。三人行。必有我師焉。」(子曰く、三人行えば、必ず我が師有あり。)とありますが、幾つになっても前向きな気持ちを失わず、積極的に学ぼうとする姿勢が改めて求められる時代となってきました。生きる時間が長くなっていると、個々人でおのおのの人生をマネージすることを求められることになり、幾たびか、志や人生の目的、哲学などを再点検する「人生の洗濯」(リカレント、生涯学習)をし、また新たなステージを楽しく生き抜く知恵を付けることがこれまで以上に大切です。
また、著者はこれからの長い人生を生き抜くには次の三つの資産をバランスよく保つことが必要とも説いています。
1.生産性資産:仕事の生産性を高め、所得とキャリアの見通しを向上させるのに役立つスキルや知識
2.活力資産:肉体的・精神的健康および心理的幸福感
3.変身資産: 人生の途中で変化と新しいステージへの移行を成功させる意思と能力
更に、従来の上記1や2の資産に加えに新しく求められることとなった3の変身資産獲得のためには、
1.自分についての知識(他者の意見と内省が重要)
2.多様性のある人的ネットワーク
3.新しい経験への開かれた姿勢(=型にはまった行動の打破)
が不可欠であるとしています。
「過而不改、是謂過矣。」(過ちて改めざるを、これ過ちという)
“人生100年時代”を迎えた今、幾つになっても学び続け、新しいことに挑戦する気持ちを持ち続けることこそが、楽しく生き抜くうえで肝要です。孔子の生き様や『論語』の教えは、これからも活き活きと語り継がれていくことでしょう。
(平山 記)
リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット (著),池村 千秋 (訳)
『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』東洋経済新報社